模倣品等取締りのための国際協力に関する
調査研究報告書
平成17年3月
社団法人
日本国際知的財産保護協会
はじめに
現在、我が国産業界の模倣品・海賊版といった知的財産権侵害による被害は、主にアジ
ア諸国をはじめとする海外で生産され、それが海外で流通するとともに、我が国はじめ広
く世界中に流通することにより生じている。しかし、そのような被害に対して、これらの
国の知的財産権法および執行関連規定が充分に整備されていない等の事情により、我が国
企業等が海外で生産や流通といった侵害行為を発見しても、当該国の司法手続きを通じた
解決を図り難い状況にある。その一方で、国内法の域外適用の問題や、判決の外国での承
認・執行の問題から、
我が国の司法手続きを通じた解決にも限界があると指摘されている。
また、侵害物品に関する不正取引は国際的な広がりを見せるとともに、このような不正
取引によって得られた収益が、犯罪組織の資金源になっているとの指摘もあり、権利者の
自主的な取組みに委ねるのみでなく、取締り当局が積極的に取締りを行う必要があり、ま
た国際的な模倣品・海賊版流通に対して、政府間での国際的な協力の下に取組んでいく必
要がある。
そこで、模倣品・海賊版などから知的財産権が適切に保護されるようなビジネス環境の
整備の必要性から、特に侵害の深刻なアジア主要国の法制度・運用の現状や税関取締りな
ど執行面での協力の可能性、国際的な紛争解決のための知的財産権法の域外適用や外国判
決の承認・執行の可能性等について調査・検討を行った。さらに本研究に参加した委員に
よる分析・提言をまとめて本報告書を作成し、本件に対する今後の政策立案の一助とする
ことを目的とした。
最後に、本調査研究にご協力いただいた委員の方々、国際機関、各国政府機関、大学研
究機関、法律事務所にこの場を借りて心から御礼を申し上げたい。
平成
17
年
3
月
社団法人 日本国際知的財産保護協会(
AIPPI
・
JAPAN
)
目 次
はじめに
目次
模倣品等取締りのための国際協力に関する調査研究ワーキンググループ名簿
本調査研究にご協力いただいた方々
第1章 調査の背景および概要 1
第2章 主要アジア諸国の模倣品取締りの法制度、実態、問題点 4
1.総論 主要アジア諸国の模倣品取締りの法制度、実態、問題点のまとめ 4
1.1.各国毎のまとめ 10
2.各国の水際対策の調査分析 51
2.1 韓国 51
2.1.1 知的財産侵害物品の税関等における取締りに関する調査 51
2.1.2 韓国税関における知的財産保護の取組み 64
2.1.3 韓国 出張調査報告 66
2.2 中国 71
2.2.1 税関における模倣品等の取締りに関する質問事項に対する回答 71
2.2.2 中国におけるIPエンフォースメントの近況 83
2.2.3 中国における模倣品対策キャンペーンの効果的な実施 84
2.2.4 中国 出張調査報告 94
2.3 香港 98
2.3.1 香港税関からの質問票に対する回答 98
2.3.2 香港 出張調査報告 100
2.4 台湾 102
2.4.1 台湾 出張調査報告 102
2.5 フィリピン 106
2.5.1 税関における模倣品取締りに関する質問票の回答 106
2.5.2 フィリピン 出張調査報告 111
2.6 ベトナム 113
2.6.1 税関における模倣品取締りに関する調査 113
2.6.2 ベトナム 出張調査報告 120
2.7 タイ 124
2.7.1 税関における模倣品等の取締りに関する質問事項の回答 124
2.7.2 タイ 出張調査報告 131
2.8.1 マレーシアにおける水際対策の分析 134
2.9 シンガポール 141
2.9.1 シンガポールにおける水際対策の分析 141
2.9.2 税関における模倣品取締りに関する質問票の回答 148
2.10 インドネシア 150
2.10.1 インドネシアにおける水際対策の分析 150
2.10.2 国境措置のための国際協力と新たな枠組み 154
3.各国の民事手続の規定と運用:国際裁判管轄・外国判決の承認執行 155
3.1 韓国における国際裁判管轄・外国判決の承認と執行 155
3.2 中国における外国判決および外国仲裁判断の承認と執行 172
3.3 香港における外国判決の承認と執行 181
3.4 台湾における外国判決および外国仲裁判断の承認と執行 189
3.5 タイ 国際裁判管轄・外国判決の承認執行 195
3.6 マレーシアにおける外国民事判決の執行について 206
3.7 シンガポールにおける国際裁判管轄・外国判決の承認執行 207
3.8 インドネシアにおける国際裁判管轄・外国判決の承認執行 210
4.模倣品対策の新たな取組みと国際協力 216
4.1 米国 216
4.1.1 米国における模倣品対策の新たな取組み 216
4.1.2 米国における知的財産権のエンフォースメント 217
4.2 欧州 226
4.2.1 欧州における模倣品対策の新たな取組み 226
4.2.2 欧州における知的財産権のエンフォースメント 228
4.3 EPAにおける知的財産保護 235
4.3.1 TRIPS協定における知的財産権の権利執行とFTA/EPA 235
4.3.2 世界の自由貿易協定の現状と知的財産規定の概要 248
4.3.3 日本のEPA交渉 258
4.4 WIPO、WCO、ICPO等の国際機関による模倣品への取組み 260
第3章 委員レポート 263
1.国境を越える知的財産紛争の最近の動向 263
2.知的財産権の域外適用 269
3.AIPPIにおける外国知的財産権侵害訴訟の管轄と準拠法に関する検討とアジア諸国の報
告について
276
4.模倣品取締りの国際協力に対する提言(1) 289
5.模倣品取締りの国際協力に対する提言(2) 296
6.準拠法と裁判管轄・承認・執行のセット条約の提言 299
7.模倣品取締りの国際協力について 307
8.模倣品取締りの国際協力に対する一企業からの提言 312
模倣品等取締りのための国際協力に関する調査研究ワーキンググループ名簿
(敬称略、五十音順)
委員長 黒瀬 雅志 協和特許法律事務所 副所長・弁理士
委 員 石浦 英博 (独)日本貿易振興機構経済分析部知的財産課 課長
植村 昭三 世界知的所有権機関 事務局長特別顧問
大野 聖二 大野総合法律事務所 弁護士
大町 真義 一橋大学大学院国際企業戦略研究科 助教授
熊倉 禎男 中村合同特許法律事務所 弁護士
高橋 義暁 沖電気工業株式会社 法務・知的財産部
道垣内正人 早稲田大学客員教授/長島・大野・常松法律事務所 弁護士
早川 吉尚 立教大学法学部国際・比較法学科 助教授
堀江 洋 日産自動車株式会社知的財産部 課長
吉田 英広 日本電気株式会社知的資産企画部 主任
事務局 吉田 豊麿 (社)日本国際知的財産保護協会 理事長
丸山 亮 同上 国際法制研究室 室長
渡辺 博史 同上 国際法制研究室 主任研究員
今村 哲也 同上 国際法制研究室 客員研究員
オブザーバー
奈須野 太 経済産業省経済産業政策局知的財産政策室 課長補佐
福田 聡 経済産業省経済産業政策局知的財産政策室 課長補佐
中村 良子 経済産業省経済産業政策局知的財産政策室 調整一係長
神谷 健一 経済産業省商務情報政策局情報通信機器課 課長補佐
千代 光一 経済産業省製造産業局 模倣品担当参事官補佐
黒田 紀幸 特許庁総務部国際課 総括班長
高田 元樹 特許庁総務部国際課 総括係長(前)
本調査研究にご協力いただいた方々(敬称略 国、地域名は順不同)
1.大韓民国
(1)
法務法人アラムおよび技術と法研究所
孫 京漢(法務法人アラム代表 弁護士・弁理士、技術と法研究所副所長
徐 東仙(法務法人アラム国際法務室 代理)
羅 潤詳(技術と法研究所 専任研究員)
(2) Koh’s Intellectual Property Institute (KIPI)(
訪問当時
)
高 栄洙
(3)
関税庁
呉 泰泳(
OH, Tae-Young
)
(
Director, Investigation Division
)
呉 炳賢(
OH, Byung Hyun
)
(
Deputy Director, Fair Trade Division
)
Lee, Hak Bo
(
Fair Trade Division
)他に審査官および事務官
3
名
(4)
貿易委員会
辛 淇澤(
SHIN, Ki-Taek
)
(産業資源部貿易委員会輸出入調査課長)
KWAK, Sang-Hyun
(産業資源部貿易委員会輸出入調査課長補佐)
(5)
ジェトロ・ソウルセンター
平岩 正一(センター次長、知的財産権事務所所長)
中嶋 利次(知的財産権事務所 部長)
2.中華人民共和国
(1)
清華大学法学院
李 旺(
Li Wang
)助教授
(2)
北京林達劉知識産権代理事務所
劉 新宇(
Liu Linda,
所長 中国弁理士)
楊 静(
Yang Lily,
専利管理部部長 弁護士)
王 主軍(
Wang Vic,
専利代理部 専利工程師)
陳 立航(
Chen Leon
、
専利工程師)
(3)
駿河台大学、専修大学、東海大学法学部(国際私法担当)
袁 藝
(1)
文彬国際商標専利事務所
梁 学文(
Leung Kenny,
商標部長、
In-House Counsel
)
林 漢標(
Lam Cary, In-House Counsel
)
(2)
香港海関(
Hong Kong Customs & Excise Department
)
周 藹桐(助理関長(情報及調査)、
Assistant Commissioner, Intelligence and
Investigation
)
何 仕景(版権及商標調査行動課監督、
Group Head, IP Investigation (Operation)
)
陳 志洪(特遣隊監督、
Group Head, Secial Task Force
)
4.台湾
(1)
文彬国際商標専利事務所
何 金塗(所長、専利代理人)
施 旭安(商標室、法務専員)
蔡 淑美(顧問律師)
頼 映里(総裁)
(2)
財政部関税総局
劉 明珠(査緝処第三科科長)
陳 耀森(科員)
林 伶恵(秘書)
(3)
宏鑑法律事務所(
Chen & Lin
)
陳 哲宏(所長、弁護士)
翁 雅欣(弁護士)
5.フィリピン
(1) Angera Abellp Concepcion Regala & Cruz
法律事務所
Victor N. De Leon (Attorney at Law)
Mark B. Marquez (Attorney at Law)
Richmond K. Lee (Attorney at Law)
(2)
ジェトロ・マニラセンター
山本 英史(所長)
山下 茂士 日通
General Manager Ocean Cargo Branch)
Rechel P. Follosco
弁護士
(3) Department of Finance Breau of Customs Investigation and Prosecution Division,
Intellectual Property Unit
(商業省関税局調査執行部知的財産課)
Javier C. Alpano (Chief of Investigation and Prosecution Division)
Maribel C. Mendoza (Intelligence Officer, Special Assistant for Administration
Intellectual Property Unit)
6.ベトナム
(1) AMBYS-Company Hanoi Office
Nguyen Thu Anh, Partner, Reg. Patent & Trademark Attorney
(2)
ベトナム商標保護・偽造防止協会(
Viet Nam Association for Trademark Protection
(VATAP)
Le The Bao
会長
(3)
ジェトロ・ハノイセンター
石渡 健次郎 所長
市川 匡四郎 海外投資アドバイザー
7.タイ
(1)
中央知的財産国際貿易裁判所
Sripibool Visit
裁判官
(2)
ジェトロ・バンコクセンター
松尾 純一
(3)
関税庁調査抑制局知的財産権調査部(
Intellectual Property Rights Investigation
Division, Investigation and Suppression Bureau, Customs Department
)
Chaiyatat Nivasabutr, Customs Chief Inspector
8.マレーシア
(1) MARA University of Technology
(2) RamRais & Partners
Mr. Hariam Jayaram
Mr. Jasdev Sihgh Gill
(3) Royal Malaysian Customs, Putrajaya
Mr. Subromaniam Tholasy, Senior Assistant Director (Special Investigation Unit)
Mr. Zainul Abidin Bin Taib, Senior Assistant Director (Criminal Presecution)
(4) Kandiah & Associates
Mr. P. Kandiah,
前
AIPPI
マレーシアグループ会長
Ms. Jyeshta Mahendran, Partner
(5) Enforcement Division, Ministry of Domestic Trade & Consumer Affairs
Mr. Guna Selan Marian, Director of General Investigations
Mr. Othman Nawang, Senior Assistant Director
9.シンガポール
(1) Intellectual Property Office of Singapore
Ms. Lee Li Choon, Director, Trade Mark, Legal Counsel
Mr. Chig Kam Tack, Assistant Director, Patent
Ms. Jessey Beh, Senior Executive, Customer & Corporate Communications Dept.
Ms. Sharmaine Wu Shee Mei, Senior Executive, Patent
(2) Allen & Gledhill
Mr. Jason Chan Kwon Chuan, Partner
Ms. Elaine Tan Ee Lian, Senior Associate
(3) Alban Tay Mahtani & De Silva
Mr. Cyril Chua Yeow Hooi, Partner
Mr. James Wan
10.インドネシア
(1)
ハギンダ・インターナショナル
山本 芳栄 所長
Ms. Amelia Mestika, Associate
(3) University of Indonesia, Faculty of Law
Ms. Henny Marlyna, Director of Intellectual Property Clinic
Mr. Ranggalawae Suryasaladin, General Secretary and Finance of IP Clinic
(4) Ministry of Finance, Directrate General of Custom and Excise
長谷川 実也(
Policy Adviser to Director General
)
(日本税関より派遣)
(5)
インドネシア法務省
遠藤 三男(
JICA
エクスパート)
11.米国
(1)
知的財産研究所ワシントン事務所
北岡 浩 所長
(2)
米国特許商標庁
Mr. Peter Fowler, Senior Counsel, Office of Enforcement
Ms. Elaine T.L. Wu, Attorney, Office of International Relations
12.欧州連合
(1)
欧州委員会 域内市場総局
Mr. Eric Nooteboom
Ms. Mirijam Soderholm
Mr. David Rhys Ellard
(2)
欧州委員会 税・関税同盟総局
Mr. John Pulford
第1章 調査の背景及び概要
事務局(渡辺博史)
模倣品・海賊版問題については、世界の模倣品取引が年間約
65
兆円であると試算され、
また、模倣品の不正取引による収益が組織犯罪の資金源となっていることが指摘されるな
ど、世界的に重大な問題となっている。
我が国企業の被害も深刻である。その被害状況について特許庁が
2003
年に実施したア
ンケート結果をみると、模倣品等の製造・流通のパターンとしては、中国をはじめとする
アジア地域内で製造され、域内で販売・消費される模倣品が多く、また、中国で製造され
た模倣品は他のアジア諸国をはじめ、世界各地で流通していることが分かる。すなわち、
模倣品製造国・地域は、中国(
54.1%
)
、台湾(
25.5%
)
、韓国(
22.6%
)
、タイ(
4.8%
)
、
インドネシア(
4.1%
)
、マレーシア(
4.1%
)等、模倣品販売消費国・地域は、中国(
42.9%
)
、
台湾(
24.0%
)
、韓国(
22.6%
)
、タイ(
9.1%
)
、マレーシア(
9.0%
)
、インドネシア(
8.6%
)
等となっている。また、被害の深刻な中国における日本企業の模倣被害額は
2001
年で約
9.4
兆円(特許庁
2003
年度調べ)と試算されている。模倣被害の内容をみると、これまで
は、商標権や著作権などの侵害が中心であったものが、模倣品製造国の技術進歩に伴い、
特許権の侵害やデザインの模倣が増加する等、侵害の種類・形態が多様化・高度化してい
る。
これらの知的財産権侵害に対する権利行使としては、一般的に、民事上の措置(損害賠
償請求、侵害行為の差止請求)
、刑事上の措置、水際での措置(輸出国側での輸出規制、輸
入国側での輸入規制)があるが、被害に迅速かつ適切に対処しようとする場合、模倣の態
様・レベルによって有効な措置が選択されるべきである。この点、模倣のレベルは、外形
的に判断がしやすい、偽造商標を添付しただけの偽ブランド商品といった比較的レベルの
低い模倣品から、技術等専門的な判断を要する特許を侵害する商品などのレベルの高い模
倣品に分類することができる。レベルの低い模倣品に関しては、その取締りは水際規制あ
るいは警察による取締りが有効である一方、レベルの高い模倣品に関しては、その侵害の
判断を司法に求める必要があることから、
民事手続によることが有効であると考えられる。
知的財産侵害行為は国境をまたいで発生しているため、これらの措置を一国の立場で講
じるには限界があり、国際的な協力が必要となる。その際には、模倣品のレベルに応じて、
異なる国際的協力のあり方を検討するべきである。
まず、レベルの低い模倣品は水際や刑事での取締りが有効であるため、二国間・多国間
の枠組みでの、税関間の情報交換や執行協力、捜査共助、犯罪人引渡し等が協力のポイン
トになると考えられる。水際での取締りについては、自国の知的財産権の保護という観点
から、自国の知的財産権侵害品のみを輸入・輸出規制の対象とする国が多いが、各国で協
調して模倣品を撲滅するため自国の知的財産権侵害品に限らず自国から模倣品を輸出させ
ないような枠組みを構築してはどうかとの指摘もある。また、インターネットを通じた模
倣品・海賊版の氾濫を背景に、海外での侵害に対して自国法が適用できるかといった議論
もなされている。
入り口から、公正な手続きによる訴訟が行われるか、出された判決が適切に執行されるか
といった出口まで実効性が確保される必要があり、国境をまたいだ著作権侵害紛争などで
は関係する各国のどこで訴訟を行うか、すなわち法廷地の選択も重要な戦略となると指摘
されている。この点、アジア諸国を含めた諸外国には、国内における知的財産権法及び司
法手続関連規定が充分に整備されていない等の事情を抱える国もある。その場合、現地で
の製造・流通に対して、当該国の司法手続きを通じた解決を図り難く、その一方で、我が
国の司法手続きにより解決しようとしても、国内法の域外適用の問題や、判決の外国での
承認・執行の問題のために、一定の限界があると指摘されている。この問題に対しても、
二国間・多国間の枠組み等において、民事上の手続きに関する何らかのメカニズムが必要
であると考えられる。
以上の問題意識から、本調査が対象とする主要な論点を、模倣品レベルに応じた有効な
対策毎に整理すると、表1のとおりとなる。
表1 模倣品レベルに即した有効な対策と本調査における主要論点
模倣品レベル 民事的解決 取締り 枠組み 着目する法制
高い ↑ ↑
技術的判断が必 要
(特許等)
裁判管轄 準拠法 外国判決執行
(民事が主) 多国間条約
(FTA/EPA) 欧米の制度
および状況
↓ ↓ 低い
外形的に 判断可能
(商標・著作 権・意匠)
(水際/刑事
が主)
刑事 域外適用 輸入・輸出規制
FTA/EPA
税関協力/司法協力
WCO /ICPO
アジアの 制度
このような整理を行った上で、本調査研究を以下のように実施した。
まず、我が国の知的財産権が侵害され、模倣品問題が深刻となっている
ASEAN
諸国お
よび中国、韓国、台湾、香港の水際取締りの法制度と実態に関して調査を行い、外国の知
的財産権を侵害する物品の輸出や通過貨物を取締まりできるのか調べた。具体的には、先
行文献調査を行い、不明な点などの質問項目を立てて、調査に回答しうる当事者に質問票
を送付し、回答を得た。税関への水際取締りの申立てや行政機関への取締り要請等に関し
ては、税関の関係者又はそれらの人と関係を有する実務家に対し、調査項目を絞って質問・
訪問調査を実施した。調査の結果を第
2
章の
1
.
2
.にまとめた。
つぎに、知的財産権の域外適用の可能性、外国判決の承認執行問題等について調査・検
討した。この問題については、平成
15
年度の(財)知的財産研究所『国際私法上の知的
財産権をめぐる諸問題に関する調査研究報告書』に、知的財産訴訟の国際裁判管轄及び法
の適用関係、
外国判決の承認執行に関する海外調査結果として紹介されており、
そこでは、
欧米諸国及び中国、韓国、台湾における外国判決の承認・執行ルールについて調査されて
いる。そこで、本調査研究では
ASEAN
各国についてはその現状を調査することとし、加
えて、法改正等が行われた中国、韓国、台湾についても改めて調査することとした。調査
の結果を第
2
章の
3
.にまとめた。
さらに、模倣品取締りの新たな枠組みについて、米国・欧州の最近の新しい模倣品対策
の戦略を調査し、また二国間・多国間の枠組みや国際機関における模倣品対策の取組みを
第
2
章の
4
.にまとめた。
3
章にまとめた。
なお、本年度は、この調査研究と関連し、知的財産権の国境を越えた執行について、
模倣品対策の国際協力における新たな枠組みを構築できないかという観点から、
『知的財
第
2
章 主要アジア諸国の模倣品等取締りの法制度、実態、問題点
1.総論 主要アジア諸国の模倣品等取締りの法制度、実態、問題点のまとめ
事務局(今村哲也)
(1) TRIPS
協定と権利執行規定
TRIPS
協定において、権利執行に関するある程度詳細な規定が設けられたことは、一連
の交渉における主要な成果の一つであったといわれている
1。ベルヌ条約やパリ条約に、権
利執行に関する同様の規定が存在しないことがしばしば問題とされてきたからである
2。し
かしながら近時の評釈者の中には、これらの権利執行に関する規定が、
「
TRIPS
協定のア
キレス腱」
(
The Achilles’ Heel of the TRIPS Agreement
)であるとして、その問題点を指
摘するものもある
3。
TRIPS
協定に最低保護基準として規定される権利執行に関する諸規
定も、これらが守られていない場合に
WTO
の紛争処理機関を通して是正されるかどうか
については、悲観的な見方が強い。知的財産権の領域に対する特別の執行資源の配分義務
を加盟国から明確に免除している
41
条
(5)
項の存在により、内国民待遇に明らかに違反し
ているような場合を除いて、開発途上国における権利執行規定の不十分さについて、
WTO
の紛争処理機関が加盟国の義務違反を問うことは実質的には困難なのである。
(2)
権利執行資源の限界と非効率な配分
根本的な課題は、開発途上国において、知的財産の保護のために振り分けられる人的・
物的な権利執行資源が限られており、かつその活用を効率的に行うための法的インフラの
整備が、とりわけ民事的救済手続きに関して遅れている点にある。しばしば当局の予算不
足により効果的な権利執行が妨げられていると指摘されるのもこのためである。また、こ
れに輪をかけるように、現状、開発途上国における権利執行の手段は、権利者が応分の手
続リスクを負担する民事的救済手段ではなく、主に刑事的司法救済(中国では特に行政的
救済)を基礎として行われている。この点、
TRIPS
協定はその前文において、知的財産権
が私権であることを謳っているが、現実の権利執行は、ほとんどのケースが、国家の負担
により権利執行資源を提供しなければならない刑事的司法救済あるいは行政上の救済によ
り実施されている
4。あるいは、執行機関が存在していても、それが分散しており、効率的
1 Daniel Gervais, The TRIPS Agreement, Drafting History and Analysis 287(2nd ed. 2003).
2 TRIPS協定以前にも知的財産に関する国際条約に一定の権利執行規定がおかれることが全くなかったわけ
ではない。例えば、パリ条約9条、10条、10条の2、10条の3、ベルヌ条約16条、原産地名称の保護及び
国際登録に関するリスボン協定8条がある。しかし、TRIPS協定における権利執行規定と同じ程度に包括的
なものではなかった。これらは、特定の場合に対して、法的な救済を与えるべき一般的義務を規定するにすぎ ないものだった。そのため、権利執行の問題は、基本的には各国の国内法の規定に委ねられていた。
3 例えば、Reichman, Jerome H. and Lange, David L., Bargaining Around the TRIPS Agreement: The
Case for Ongoing Public-Private Initiatives to Facilitate Worldwide Intellectual Property Transactions, 9 Duke J. Comp. & Int’lL. 11, 34(1998)
4 後述する中国、タイのデータの他、インドネシアでは、中央ジャカルタ商務裁判所に提起された訴訟数自体
が、2001年11件、2002年63件、2003年8月まで68件と非常に少ない。フィリピンでは、2002年4月か
ら2003年9月15日までの刑事事件が192件、民事事件が9件(共にマニラ地方裁判所)であり、このうち
商標事件が61件、不正競争事件が90件、著作権事件が10件、デッド・コピー事件が23件、医薬品の模造
品事件が2件と報告されている。また、フィリピンの知財庁における行政手続(フィリピンでは、裁判所と同
様に損害賠償、差止を求めることができる)では、2001年19件(うち特許5、商標14件)、2002年9件(う
ち商標6、著作権3件)、2003年16件(うち特許2、商標12、著作権2件)と報告されている。数値はICCLC19
に配置されていない結果、権利執行を妨げている状況もある。もっとも、こうした従来の
傾向に対しては、変化の兆しも現れている。いくつかの例をみてみたい。
①
中国の例
中国では、比較的に強力な職権を有する「強い行政」が、知的財産権に関する全国レベ
ルでの保護を実施してきた。しかし、これについては近時、変化の兆しがあるようにみえ
る。例えば、中国における国家工商行政管理局による商標権侵害事件処理件数の推移は比
較的なだらかな推移をみせているのに対して
5、司法の利用の拡大傾向は著しい。
1998
年
から
2002
年まで、中国各レベルの裁判所が結審した知的財産権関連民事案件は合計
23,636
件であり、過去5年間に比べると
40
%の増加となるという
6。特に
2004
年の動き
は大きかった。民事訴訟分野における
2004
年に全国各レベルの人民法院で一審判決が出
された知財権関連訴訟の数値は
8,832
件であり、前年に比べて
46.82
%増加し、とりわけ
著作権関連訴訟の受理案件は
4,264
件(同
70.99
%増)に達したとのインパクトのある数
値が報告されている
7。この背景には、各級法院における知的財産権関連事案の審理につい
て、最高人民法院が多くの司法解釈
8を制定して、法律の内容を明確化したことが挙げられ
る。また、近時の法改正で規定された訴訟前の侵害行為の停止、財産保全及び証拠保全に
関する制度(商標法
57
、
58
条等。司法解釈に詳細が規定)等、迅速な事件解決のための
法整備が有効に活用されている他、裁判所による権利保護のための積極的な取組みが背景
にあるといわれている。
②
タイ、インドネシアの例
タイには、知的財産権の侵害に対する司法的救済として、民事的救済と刑事的救済が存
在しているが、権利者は刑事的救済を志向する傾向にあるとされている
9。実際、例年、タ
イの中央知的財産国際貿易裁判所
10に提起される事案の
96
%以上は刑事事件である
11。ま
5 14,736件(1998年)、16,938件(1999年)、22,001件(2000年)、22,813件(2001年)、23,539件(2002
年)、26,488件(2003年)。出典:JETRO北京センター知的財産室のウェブサイト:http://www.jetro-pkip.org/
(数値は国家工商行政管理局商標局公表データによる)。
6 張暁都〔翻訳:袁藝〕「中国の裁判所および上海の裁判所における知的財産権保護の概況」季刊企業と法創
造1巻2号68頁(2004年3月)参照。
7 新華ネット(http://news.xinhuanet.com/)の2005年2月15日の記事による。民事訴訟の結審数が5割程
度増加したというニュースが報道されて話題となった。但し、最高人民法院『最高人民法院工作報告』(2005
年3月10日)および最高人民法院ウェブサイト(http://www.court.gov.cn/)掲載されている『2004:数字中
的法院工作』の数値では、知的財産に関する民事案件は、最高人民法院において78件(前年度比16.4%増)、
地方各級人民法院において8332件(前年度比21.5%増)であると報告されている。
8 中国には、全国人民代表大会で制定される「法律」、国務院やその他の国家機関が制定する「行政法規」、各
地方政府が制定する「地方性法規」等の他、最高人民法院が制定する「司法解釈」が存在する。司法解釈はあ くまで解釈に過ぎないが、各級人民法院はこの「司法解釈」に従って判断を行うため、重要な意味を有してお り、判決の先例拘束性が制度的に十分確立していない中国では、裁判における判断の統一性を確保するために 重要な役割を有している。
9 J. Kuanpoth, Thailand, Intellectual Property Law in Asia 362 (C. Heath ed. 2002).
10知的財産と国際貿易に関して専属管轄を有している。中央知的財産国際貿易裁判所の詳細については、
Suvicha Nagavajara「The Creation of a Specialized Court with Intellectual Property Jurisdiction in Asia」
季刊企業と法創造1巻2号(早稲田大学企業法制と法創造総合研究所、2004年3月)83頁以下を参照。
11 タイでは侵害を受けた当事者らによる私人訴追が認められている点、および裁判所が認める場合には権利
者も刑事訴訟において検察官と共に共同訴追者となることができる点に留意する必要がある(刑事訴訟法28
条、143条)。私人訴追は柔軟かつ利便性の高いシステムであるため、ほとんどの刑事侵害事件では、権利者
が弁護士を依頼し、共同訴追者として裁判に参加しているといわれる。Jumpon Phansumrit 『知的財産権
た、タイにおける知的財産権の権利執行は警察のレイド(立ち入り取締り)を発端とする
場合が多く、そのために知的財産権は公共的権利であると一般的には認識されている。た
だ、近時、同裁判所の関係者等より刑事救済重視の傾向から民事救済への転換を奨励する
提案がなされている
12。刑事上の権利執行の方が民事上の権利執行よりも多く実施されて
いるのは、インドネシアも同様である
13。
③
ベトナムの例
権限を有する当局が分散していることにより、人的・物的な執行資源が効率よく運用で
きていないという国もある。ベトナムがその例である。日越共同イニシアティブ
14の報告
(
2004
年
11
月
23
日)では、ベトナムでは法律が割と整備されつつあるもののその執行
手続きを明確にしてほしいという要求がでている。ベトナムの政府は基本的に縦割り組織
である。知的財産権の権利執行に関して権限を有する幾つかの組織があるが、侵害に対す
る対応について、警察、ベトナム工業所有権局(
NOIP
)
、商業省のいずれに対応を促すべ
きものなのか明確でなかった。このように、権限を有する当局が多数あることで、侵害へ
の対策を混乱させ、あるいは遅延させたりする場合がある。そのため、現在、商業省の市
場管理局が、知的財産権だけではなく不正輸入や競争法に違反する不正取引を含めたあら
ゆる事件を受け付け、当局が当該問題を深刻であると判断した場合、各省を超越した組織
としての
127
委員会(委員長は商業大臣、大臣クラスが委員を構成)に問題を上程し、そ
こで重要な問題として認定された場合、各組織それぞれに対して対応を指示するという仕
組みに変更しつつある。もっとも、どのように機能するかについては、未だ様子見の段階
にあり、日越共同イニシアティブでは、
127
委員会の機能強化を求めている。
(3)
行政、刑事司法から民事上の執行体制へのシフト
権限を有する執行当局の人的・物的執行資源の限界から、開発途上国において、裁判や
その他民事上の
ADR
(裁判外紛争処理:
Alternative Dispute Resolution
)を通した紛争
解決へのシフトが求められている。しかし、こうした紛争解決の体制にシフトし、かつそ
れが成熟するためには、知的財産に対する国民のモラルが向上し、自国民の保有する知的
財産権が増加し、知的財産が通常の取引社会における取引対象として認識されるための市
場形成が求められる。またこれにともない、レイドの対象となる刑事的色彩が強い事件ば
かりではなく、私人と私人との微妙な権利関係が問題となる私法的色彩の強い事案が増加
12刑事救済重視の傾向から民事救済への転換を奨励する提案として、ヴィチャイ・アリヤヌンタカ「タイの知
的財産権のエンフォースメント」ICCLC19号(財団法人国際民商事法センター、2004年7月)105頁以下、お
よびPhattarrasak Vannasaeng, Ruangsit Tankarnjananurak「Issus of the IP Enforcement in Thailand」
季刊企業と法創造1巻2号79頁(早稲田大学企業法制と法創造総合研究所、2004年3月)。
13 クリストフ・アントン「インドネシアにおける知的財産権のエンフォースメント」ICCLC19号 (財団法
人国際民商事法センター、2004年7月)83頁以下を参照。刑事上の権利執行が過多であるインドネシアにお
ける制度上の問題点を指摘している。それによると、刑事事件における刑罰が甘いこと、警察や検察など公共 機関の資源の限界等が指摘され、民事色の強い権利執行へのシフトが期待されているが、インドネシアの民事 訴訟法が侵害物品又はその製造に必要な原料、部品の廃棄又は処分に関する命令を規定しておらず、また、賠 償額が制限的であるなどの問題があるという。また、刑事上の執行についても、捜査官の能力不足等の問題が あるという。
14 外国投資の誘致を通して競争力の強化を図るために2003年4月の日越首脳会談で立ち上げられたアクシ
することが必要となる。一方で、権利者に民事的救済を選択させる場合、権利者はその国
の法的インフラの整備状況に比例して、応分の手続リスクを負担することになる。そのた
めに、民事救済の拡大のためには、権利者の手続きに要するリスクを少なくしていくため
の知的財産権の紛争を含んだ司法手続制度の成熟が必要とされる。例えば、権利者が民事
上の請求をする場合の訴訟前の段階から審理段階、執行段階のそれぞれの場面における公
的権力による補助的手続ないし制度を含む法的インフラ
(証拠保全手続や、
訴訟前手続き、
ディスカバリー制度
15の設立、アントンピラー命令
16、イン・カメラ手続
17、鑑定人制度等
の証拠方法の充実、翻訳・通訳の便宜等)をその国の他の法制度と調整の上、必要に応じ
て整備していく必要がある。こうした民事訴訟を利用しやすくするための法的インフラの
整備により、刑事司法・行政が主導的な役割を担う権利執行から、民事司法が主導的な役
割を担う権利執行のための法的インフラ整備が整うことになる。ただ、こうした法的イン
フラ整備のための権利執行資源の配分は、当該国民が主導するべきであるため、上述のよ
うな自国民の知的財産が流通主体となる市場の形成がまずもって必要となる。国際協力と
いう観点から、この点に関してどのような取組みが可能であるかが問題となるが、特効薬
があるわけではなく、ある程度地味な方策とならざるを得ない。こうした第三国に対する
権利執行に関する政策については、
EC
委員会通商総局が公表した「第三国における知的
財産権執行戦略」
(
2004
年
6
月
23
日公表。同年
11
月
10
日採択)において指摘されてお
り、そこでは、関連する先進諸国との協調を前提とした、相手国との政策的な対話、イン
センティブないし技術協力、官民協力の推進、意識の喚起といった方策が謳われている(巻
末資料
C. 2
参照)
18。
(4)
水際取締りにおける税関の機能
近時、税関の役割が見直されている。模倣品の取締りを行う場合に、流通過程のボトル
ネックの一つである税関に人的・物的な執行資源を配分することが、執行資源の効率的な
活用につながるためである(反面、正当な物品の貿易の流れを過度に妨害するおそれがあ
ることにも留意する必要がある)
。この点、
TRIPS
協定の第
3
部第
4
節の第
51
~
60
条に
は、加盟国の義務とされる国境措置に関する特別の要件が規定されている
19。加盟国はそ
の各規定に示された義務を履行すべく国内法に各規定を導入している。しかし、実際の運
用においてそれらは十分に機能していないといわれている。これには次のような理由があ
るだろう。
TRIPS
協定以前、税関の役割は主として、関税の徴収や、武器、違法ドラッグ
あるいは放射性物質や毒物といった有害物質の流通を監視することにあり、知的財産権侵
害物品の流通を管理するための機関ではなかった。それが、
TRIPS
協定以降、税関当局に
15 証拠開示手続。正式事実審理の前にその準備のため、法定外で当事者が互いに事件に関する情報を開示し
収集する手続き。米国が採用している。
16 申請者が被告の建物に立ち入り、有罪の証拠となる文書や財産を捜索、押収することを認めさせる裁判所
の命令。
17 文書提出義務があるかどうかを裁判所が判断する手続。
18 European Commission Directorate General for Trade, Strategy for the Enforcement of Intellectual Property Rights in Third Countries, 23 June 2004.
19 規定が設けられた経緯と各条項の内容について、尾島明『逐条解説TRIPS協定』(1999年、日本機械輸出
対する知的財産侵害物品の取締りに関するプライオリティが求められている。
TRIPS
協定
における権利執行規定は、各国民事訴訟および行政手続きの基準を定める点で画期的な意
義を有しているが、その中でも税関の機能転換さえも求めた水際措置はとりわけ新規な意
義を有しているのである。そのため、他の
TRIPS
協定の規定を国内法に導入する場合よ
りも、水際措置に関する一連の規定の国内法への導入とその運用が比較的に遅れることは
否めない。また、知的財産権の侵害については権利者との調整も必要となるため、この点
からも、各国において知的財産権を取締まるための人的・物的執行体制が整備され、実質
的に運用されるにはある程度の時間と費用がかかるものと思われる。
水際取締りにおける国際協力については、まず、税関当局それ自体の権利執行基盤を構
築するために人的・物的な支援を実施するという取組みがありうる。この点については、
我が国もこれまで様々なルートを通して実施してきた。そのほか、税関当局の取締り体制
がある程度整備されていることを前提として、税関の流通過程におけるボトルネック機能
を活かし、輸出又はトランジット貨物
20に対する国境措置を整備することが考えられる。
WCO
(世界税関機構)モデル法
21の「第Ⅱ部(税関による介入の申請)第1条について
の注釈
1.02
」によると、
「
TRIPS
協定は、輸出又は輸送(トランジット)中の物品につい
て国境措置を整備することを加盟国に義務づけていない。しかしながら、
TRIPS
協定が定
める最低水準の保護は、偽造品及び海賊版の国境を越えた取引に対処するにはもはや不適
切であることが明らかになってきた。例えば、欧州連合においては、税関は、輸出向けの
物品又は輸送中の物品を差止める権限が与えられているが
22、税関によって差押えられる
物品の大半が輸送中のものである。偽造及び海賊行為に対し税関が効果的に取締まること
を可能にするためには、税関は、輸入される物品と同様に、輸出向けの物品及び輸送中の
物品についても差止める権限が必要である」
。そして、モデル法規第
1
条
(1)
では「権利者
は、手続きに従い、及び本法に定める条件に基づいて、通関の停止並びに輸入物品、輸出
に向けられている物品及び輸送中の物品を差押えるための申請を提出することができるも
のとする」と規定し、加盟国に対して輸出又は輸送中の物品について国境措置を整備する
ことを促している。
輸出貨物やトランジット貨物の取締りについては、
(a)
そもそも税関当局の検査・取締り
の対象となりうるのか、
(b)
検査・取締りの対象となるとして、自国の権利侵害ではない、
20トランジットとは、通過、通行、輸送の意で、トランジット貨物は通過貨物、積換え貨物を意味する。貿易
貨物の積み出し国から仕向け国へ輸送される途上に第三国を経由する場合、その経由国の通過貿易、仲継ぎ貿 易される外国貨物。先進国間で行われる幹線輸送に対し、トランジット貨物は港湾や空港でハブアンドスポー ク方式に見られるように支線輸送によって周辺国へ輸送される。ハブアンドスポーク方式の港湾や空港を経由 する場合、その外国貨物を輸入手続きなしで一旦陸揚げし、保税運送、保税保管を行うのが通例である。なお、
トランシップ(Transshipment,T/S)は本船が直接寄港する港から他の港に貨物を「船移し」、つまり貨物
を船から船へ積み替え輸送するサービス形態である。トランシップ貨物(Transship Cargo)は、接続貨物で、
積替えて運ばれる貨物のこと。(社)日本ロジスティクスシステム協会監修「基本ロジスティクス用語辞典」
(白桃書房、1999年)〔三木楯彦担当部分〕より引用。WCOモデル法の定義では、(1)「港湾又は飛行場の税
関管理区域にある物品」および(2)「入国手続き、出国手続き、短期の入国及び各種簡易手続き等、税関手続
きの対象となっている物品」の二つを例としてあげている。
21 WCOの監視委員会の下に設立されたWCO-IPR戦略グループは1988年にWCOが作成したモデル法案の
改訂作業をすすめ、2003年2月に改訂版が採択された。国境措置については多くのTRIPSプラスの規定を
含んでいる。
単に仕向け国の権利を侵害するにすぎない場合に処分の対象にできるのかという論点があ
る。
(a)
については、輸出貨物は当然のこと、
「保税区で保管されること」イコール「取締
り等の対象とならないこと」
を意味するものではないため、
トランジット貨物の場合でも、
税関の権限下に置かれる状態にあれば取締りの対象となる。したがって、法律等により税
関に権限さえ与えられれば検査等を行うことは可能であろう。また、
(b)
の場合に、自国に
おける知的財産権の侵害の有無を検査し、侵害を発見した場合には処分を実施することは
できるとしても、単に仕向け国の権利を侵害するにすぎない場合に、具体的な処分を行う
ことまで可能なのであろうか。この点、仕向け国の権利を侵害についてまで処分するとな
ると、仕向け国における権利の執行を自国の税関において代替的に執行するという外観を
呈することになり、大胆な国際協力のあり方となる。一方、検査や処分はあくまで自国の
権利侵害のみを対象としつつ、仮に検査によって仕向け国の権利侵害を発見した場合でも
直接処分を行わずに、検査等により得た一定の情報を仕向け国に対して提供するという国
際協力も考えられる。後者の形による国際協力の枠組みについては、シンガポールの場合
を例として、
後掲の大町助教授の論稿において具体的に提言されているので参照されたい。
こうした税関の機能を活用した輸出規制や輸送貨物に対する取締りのあり方について、
WCO
は、知的所有権侵害物品が税関当局の管理下にある場合には輸入・輸出・再輸出・
通過中の如何を問わず、効果的な取締り実施のための措置及び手続きの対象とするべきで
あるという前提で、モデル法規を作成している(巻末資料
A. 1
参照)
。今後の国際協力の
枠組みを検討するうえで参考になるだろう。
(5)
まとめ
以下ではこれらを前提に本研究で中心として調査した各国の水際取締り制度の現状と、
権利執行に関して指摘されている各国の問題点をまとめた。詳細については、第
2
章
2
.
(各国の水際対策の調査分析)に掲載したレポートに譲ることとし、ここではその概要を
述べるにとどめた。現行法制における模倣品等の税関取締りについては次の項目にしたが
って整理した。
(1)
模倣品・侵害品等の規制根拠
(2)
輸出規制(輸出が規制されるのは、自国の知的財産権が侵害されている場合か、そ
れとも輸出品の仕向地における知的財産権が侵害されている場合か)
(3)
仕向地の権利侵害の規制(経由品に対する規制も含む)
(4)
税関取締りの対象となる権利
(5)
不正競争防止法違反物品の取締りの有無
(6)
税関に対する登録制度(権利者が権利侵害の疑いのある物品や輸入者を税関に事前
に登録し、申請したりする制度の有無、またその手続き)
(7)
侵害者管理のためのブラックリスト(再犯者を管理するための輸出入業者や輸出入
製品をリストしたブラックリスト、およびその公開の有無)
(8)
税関と裁判所の情報交換(税関と裁判所との情報のやり取りはどの様に行われてい
るか)
(9)
裁判所仮処分と通関手続きとの関係(裁判所の仮処分申請の手続と税関での貨物の
(10)
証拠保全に対する税関の協力(権利者が税関に対して侵害が疑われる物品のサンプ
ルの提供や現物調査のような証拠保全の申請をする場合の税関の協力体制)
(11)
職権による取締り(税関は、権利者の申立てがない場合でも、職権で取締りを開始
することがあるかどうか)
(12)
税関内の権利侵害認定機関(税関内の権利侵害の認定機関や組織の有無。税関の認
定と司法判断との関係)
(13)
没収後の処分(税関で押収した模倣品等は廃棄されるかどうか。競売の可否)
、
(14)
税関の処分に対する異議申立制度
(15)
税関による調停手続(税関における輸入者と権利者との間の調停手続の有無)
(16)
特許権・意匠権等の侵害疑義貨物に対する取締りの可否(税関では、特許や意匠等
のレベルの高い侵害の取締りを実施しているか。また、その取締り能力は十分かど
うか)
(17)
間接侵害品の取締り(ある特定の特許製品にのみ使用される部品(間接侵害品)を
取締まることは可能か)
(18)
取締りにおける課題(税関の取締りの障害となっている法律上あるいは事実上の問
題)
さらに、税関との関係について当該国の税関における模倣品に対する取組み・政策や、
二国間・多国間における税関取締りの枠組みについてまとめた
23。また、韓国、中国等の
一部の国については、司法(民事・刑事)
、行政上の権利執行の取組み状況をまとめた。司
法・行政上の権利執行制度については他に多くの先行文献が存在するため、重複を避ける
べく、重要と思われる点のみコメントし、各国の制度概要と最近の動向を知るうえで参考
となる先行文献を整理した。
1.1 各国毎のまとめ
事務局(今村哲也)
①
韓国
A
税関における取締り
(1)
模倣品・侵害品等の規制根拠:特許法、実用新案法、意匠法、商標法、コンピュータ・
プログラム保護法、著作権法、不正競争防止および営業秘密に関する法律、半導体集
積回路の配置設計に関する法律、種子産業法、司法警察官吏の職務を行う者とその職
23 日本の税関における水際取締りについては、以下の文献等が参考になる。(1)服部誠、片山英二「特許侵害
品に対する水際規制の実務」知財管理54巻13号(2004年)12月1879頁以下、(2)松原伸之Border Control of
Goods Infringing Intellectual Property Rights in Japan,AIPPI Vol.30 No.1 (2005), pp3、(3)CIPIC事務局
「認定手続における輸入者等の情報開示制度等に関する意見交換」CIPICジャーナル150号(2004年7月)
34頁、(4)山田清明(財務省業務課知的財産専門官)、三島憲二郎(東京税関業務部知的財産調査官)「税関に
よる知的財産侵害物品の水際取締りについて」CIPICジャーナル148号(2004年5月), pp1、(5)CIPIC編『新・
知的財産権侵害物品の水際取締り制度の解説』(2003年8月、CIPIC)、(6)山田清明(財務省業務課知的財産
専門官)、水尾勝次(東京税関業務部知的財産調査官)「税関による知的財産侵害物品の水際取締りについて」
CIPICジャーナル138号(2003年7月), pp2、(7)谷本武則「知的財産権侵害物品の水際取締りについて-我が
国の制度を中心に-」CIPICジャーナル129号から139号に連載(2002年10月~2003年8月)、(8)税関の